シリアがイスラエル撤退を要求、国連事務総長はゴラン危機を「受け入れ不可能」と表明

17年ぶりに、国連事務総長がダマスカスに立ち、シリアの新外相が自国の領土からの外国軍の撤退を要求するのを耳にした。

その瞬間自体がニュースだった。アントニオ・グテーレス氏は、2024年12月のアサド政権崩壊後もなお再編中のシリアの首都を訪れた。土曜日にアサド・アル=シャイバニ外相との共同記者会見は、ポスト・アサド政権が国際社会の注目を集められるかどうか、そしてその注目を領土問題の主張に活用できるかどうかの試金石だった。

アル=シャイバニ氏はその機会を無駄にしなかった。同氏は、アサド失脚後の混乱の中でイスラエル軍が展開したゴラン高原の国連監視緩衝地帯からの「即時かつ無条件の」イスラエル撤退を要求した。イスラエルは1967年にシリアからゴランを奪取し、1981年に正式に併合したが、国連はこの措置を一度も承認していない。しかし、1973年の戦争後に設置され、以来国連平和維持軍が監視してきた緩衝地帯への侵攻は新たなエスカレーションであり、ダマスカスのポスト・アサド政権が恒久的なものとして受け入れることは決してなかった。

グテーレス氏は、少なくとも原則的には、彼を支持した。「ゴラン高原周辺地域で起きていることは完全に受け入れ不可能です」と、同氏はアル=シャイバニ氏の隣に立って述べた。この言葉は慎重に調整されており、イスラエルを名指しせずに批判し、新政権の要求すべてを支持せずにシリアの主権を支持するものだった。

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今回の訪問自体、ゴランを超えた象徴的な重みを持っていた。グテーレス氏は、2009年に潘基文(バン・キムン)氏が訪れて以来、ダマスカスに足を踏み入れた初めての国連事務総長であり、当時バッシャール・アル=アサド氏はまだ代理戦争の戦場となっていない国を統治していた。彼の存在は、国際社会がポスト・アサドのシリアを外交が可能な正常な国家として扱い始めていることを示しており、アル=シャイバニ氏はすぐにこの変化を利用して領土問題を提起した。

アサド失脚後の緩衝地帯へのイスラエルの展開は広く批判されたが、撤回されることはなかった。イスラエルは、武器が過激派の手に渡るのを防ぐための一時的な安全対策だと説明した。シリア新政権はこれを占領と呼ぶ。国連はグテーレス氏を通じて、これを「受け入れ不可能」と述べたが、その言葉に撤退のための具体的なメカニズムを伴わせていない。

ダマスカスでの記者会見は、期限や交渉の枠組みを生み出さなかった。それよりも基本的なことを成し遂げた。国連事務総長をシリアで、ゴランの承認された境界を越えたイスラエルの存在は問題であると公式に発言させたのだ。世界の舞台でまだ足場を固めている政府にとって、記者会見一回で得られる成果としてはこれが精一杯かもしれない。「受け入れ不可能」を撤退命令に変える作業はこれからである。

雅子 訳

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