声を届けるために立つ:結果の定まった選挙で戦うヤブロコの反戦運動

9月20日、ロシアは全面戦争開始後初めての国家ドゥーマ(下院)選挙を実施する。リベラル派のヤブロコ党は、議席獲得に必要な5%の得票率ラインに対し、約3%の支持率でこの選挙に臨む。いかなる通常の尺度で測っても、同党は敗北する。結党から30年、同党はあらゆる連邦選挙で敗れてきたからだ。それでも同党は選挙戦を戦う。その目標は議席ではない。目標はメガホンである。

ヤブロコは2022年2月以来、一貫して停戦、交渉、平和という一点を守ってきた。6月の党大会で採択された今回の選挙綱領は、停戦、外交、平和への要求を柱とし、党の目的として核戦争の防止を掲げる。戦争終結を訴えて選挙戦を戦うのはロシアで同党だけであり、同党はそれをためらいなく言い切っている。

選挙戦の論理は、党自身の文書に明記されている。6月に採択された選挙決議は、5年目に入った戦争がロシア人の大多数にその帰結を実感させていると論じる。すなわち、貧困化、自由な行動と思考の余地の縮小、日常的な危険、心をすり減らす恐怖である。党は多くのロシア人が戦争にいらだちを感じていることを察知しており、可能な限り早期の停戦を望む人は多いとみている。これは侵攻開始以来、党が守ってきた立場である。党の位置づけによれば、この選挙戦は平和と自由への道を歩み始める機会であり、同じ確信を共有する有権者に対し、自分たちは独りではないと示す手段である。

勝敗にかかわらず、この選挙戦は、反戦の立場を発信する他のあらゆる経路が閉ざされている今、その立場を全国に流す放送となる。この体制のもとで党の存在感を高めることが意味するのは、まさにそれである。

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数字は容赦ない。5%の得票率ラインに対して3%。2003年以降、統一ロシアが毎回勝利してきた選挙であり、結果が事前に仕組まれている国での数字である。2021年、ヤブロコは得票率1.34%、約75万人の票を得たが、議席は得られなかった。同党は少数の地方議会で議席を持つものの、連邦レベルでは何も持っていない。立候補のリスクは単なる敗北ではない。ヤブロコの副党首マクシム・クルグロフ氏は、ロシア軍に関する虚偽情報の拡散の罪に問われており、その事件は6月にモスクワの裁判所で審理された。ロシアで公然と停戦を訴えることは、そのメッセージを犯罪とする法律のもとで訴えることを意味する。

日程そのものも事情の一端を物語る。投票日は9月20日、9月の第3日曜日に設定された。通常の第2日曜日から変更されたのは、地方選挙と市区町村選挙を同じ日に実施するためである。この日付は仕組みに合わせて選ばれ、肝心なのはその仕組みである。結果が事前に決まっている体制のもとでは、選挙の真の機能は、政治の内容を変えずにその形式を更新することにある。ヤブロコの候補者たちはこれを承知しており、統一ロシアと、その隣に立つことを許された政党との間の選択を迫られる有権者たちもまた承知している。

クレムリンがヤブロコの立候補を認めるのは、ヤブロコが勝てないからだ。3%の支持を得る合法的野党の存在は、この体制の寛容さの完璧な証拠となる。反戦政党が公然と選挙戦を戦っても、国家はそれを止めないからだ。結果はどうあれ保証されており、関わるすべての人がそれを知っている。党自身も知っている。それでも立候補するのは、30年間存続してきたのと同じ理由による。選挙戦こそ、国家が語られたくないことを公の場で語る、法律上唯一許された機会だからだ。選挙は舞台であり、ヤブロコはその舞台を使うつもりである。

9月20日、ヤブロコが国家ドゥーマに議席を得ることはない。党は3%を維持できれば幸運といえる。しかし、停戦という言葉を印刷すること自体が危険な国では、選挙戦そのものがメッセージであり、それに投じられる一票一票が公的な行為である。それは多くはない。だが、この体制のもとでは、それはほとんどすべてである。

雅子 訳

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