「デリーの議論:インドは依然として米国を信頼できるか」

約20年にわたり、インド外交政策の指針は、米国がインドの大国への成長を支援するという前提だった。その前提が今、疑問視されている。

ニューデリーの戦略コミュニティで議論が展開している。Muqtedar KhanがThe Diplomatに寄稿した分析は、インドとワシントンの関係悪化が一時的な緊張か、構造的断絶かを問う。インドは2005年以降の戦略姿勢を米国とのパートナーシップに基づいて構築してきた。民生用原子力協定、共同軍事演習、情報共有、クアッド枠組みはすべて、信頼できる米国のパートナーを前提としていた。

2026年の出来事がその前提を揺るがした。

何が問題だったのか

最初の兆候はトランプ大統領就任前から現れていた。習近平国家主席は式典に異例の早期招待を受けた。モディ首相は同等の待遇を受けなかった。5月のシンドゥール作戦時、ワシントンはイスラマバードに接近し、米高官はインドに対して「侮辱的で無礼」と分析者が評する言葉を用いた。

米国はロシアとの貿易を理由にインドに制裁関税を課した。同じ貿易を行っている中国、トルコ、欧州諸国には適用されなかった。トランプ大統領のインド訪問予定は日程から外れた。ワシントンの議論はクアッドとインド太平洋から、米中G2の可能性へと移った。

「裏切りと怒りの感覚は明白だ」とKhanはデリーのインド国際センターで2週間過ごした後に記す。同センターはインド知識層の拠点である。

インドの進路をめぐる二つのビジョン

デリーの議論は二極化している。

Happymon JacobはIndia’s Worldに寄稿し、インドのグランドストラテジーの「脱アメリカ化」を主張する。インドは世界秩序を解釈するために「ワシントンの眼を借りる」のをやめるべきだとする。彼の批判は二つの「心地よい幻想」を対象とする。米国が積極的にインドの台頭を促進するという期待と、経済的成功にもかかわらず米国の政策形成に影響力を欠くインド人ディアスポラへの過度の依存である。

「自らの能力を高めることに集中せよ」とJacobは主張する。「米国への依存なく道を切り開け。」

C. Raja MohanはForeign Policyに寄稿し、反対の見解を示す。彼は米国の雇用と技術への容易なアクセスに関するインドエリートの特権意識を批判する。現在の摩擦は乖離ではなく、より深い関与の兆候だと論じる。戦略目標は共有されたままである。インド太平洋を覇権から解放することだ。「落ち着け、針路を維持せよ、嵐を乗り切れ」と助言する。

インドは既に調整している

知識人が議論する間、政府は静かに再配置を進めている。

インドは西アジアでイスラエル・UAEとの連携を強化し、従来の非同盟姿勢から離れつつある。関係改善のため中国に接近した。ロシア・インド・中国のメカニズムを活性化している。MAHASAGARの枠組みのもと、日本、インドネシア、オーストラリアとの関係を深化させている。注目すべきは、米国を中心に据えていない点である。

「変化はグランドストラテジーの転換と呼ぶほど劇的でも深遠でもない」とKhanは記す。「しかし単なる継続の維持でもない。」

ニューデリーの公式対応は慎重だ。ある分析者は「守備的なバッティング」と表現し、トランプの予測不可能性に対応しつつ敵対的姿勢は取らない。しかし広範な戦略コミュニティは怒っており、メディアと野党はトランプの「背信」とモディの沈黙の両方を批判している。

デリーがまだ答えられない問いは、米印関係が困難な時期を通過しているのか、根本的変容を遂げているのかである。答えはデリーよりもワシントンに依存する。トランプの米国がインドにパートナーを求めているのか、単なる従属国を求めているのかにかかっている。

雅子 訳

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