トランプ氏へのモロッコの感謝状、砂漠を1055キロ走る

モハメド6世国王は、アメリカ大統領への最もふさわしい賛辞は道路であると決断した。勲章でもなく、公式訪問でもなく、銅像でもなく、モロッコ南部から大西洋岸に沿って南下し、係争地である西サハラへと至る、1000キロメートル以上(620マイル)に及ぶアスファルトの帯である。ティズニット・ダフラ間の高速道路は、正式にドナルド・J・トランプ・ハイウェイとなった。

発表は土曜日、モロッコ国営通信を通じて行われ、同通信は国王からトランプ氏への書簡を公表した。書簡の日付は7月2日で、その意味は明確だった。この道路は、西サハラに対するモロッコの主権を認めるという2020年のトランプ氏の決定への返礼であり、何十年にもわたるアメリカの中立からの転換は、国王が記したところによれば、何世代にもわたってモロッコ人の心に刻まれ続けるだろう。

自らの栄誉を自ら発表した大統領

トランプ氏は7月26日、自身のソーシャルメディアであるトゥルース・ソーシャルで命名を発表した。ラバトが公式に確認する1週間前のことだ。大統領は自らの栄誉をいち早く祝い、国王に感謝し、いつか高速道路を全線走破するのを楽しみにしていると述べた。その後、モロッコ当局は、自分たちのパトロンがすでに世界に伝えていた内容を確認した。

この一連の流れは、両国関係のバランスを映し出している。モロッコが名誉を授け、アメリカがそれを受け取り、発表は、授与者が口を開く前に受賞者によって行われる。王室の勅令を事前に発表することを許される国家元首が他にいるとは考えにくい。もっとも、2020年12月にトランプ氏が成し遂げたことを成し遂げた国家元首も、他にはいないのだが。

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この道路の役割

国王はこの高速道路をアフリカ最長の道路インフラと表現しており、その主張は数字が裏付けている。全長1055キロメートル(656マイル)、推定建設費は約8億5000万ユーロ、およそ9億8000万ドルだ。モロッコ本国南部のティズニットから始まり、係争地最大の都市であるラユーンを経て、モーリタニア国境に近い沿岸都市ダフラに至る。

この地域において、道路は決して単なる道路ではない。西サハラは、国際連合がモロッコ領と認めたことのない領域であり、ポリサリオ戦線が独立したサハラウィ国家を求めて数十年にわたって戦い続け、国連が繰り返し住民投票を求めてきたが、一度も実施されたことはない。住民投票に対するモロッコの答えは、これまで現場での既成事実の積み重ねだった。入植地、港湾、リン鉱山、そして今度は、アメリカ大統領の名を冠した全長1055キロメートル(656マイル)の高速道路が、係争地の奥深くへと延びている。

この道路は、この領域を王国に物理的に結びつける。人々、物資、そして兵士を沿岸に沿って運ぶ。独立したサハラウィ国家という構想を想像しにくくする。近代的な高速道路で首都と結ばれた領域は、その管理者の目にはもはや分離されたものではないからだ。モロッコがこの紛争に勝ちつつあるのは、インフラによってである。ニューヨークでの議論によってではなく、アスファルトとコンクリートによってである。

2020年の決定の代償

アメリカにとって、この命名は、承認が何をもたらし、何を犠牲にしたかを思い起こさせるものだ。2020年12月の動きは、アブラハム合意のもとでモロッコがイスラエルとの関係を正常化したのと同じ流れの中で行われ、ワシントンはモロッコの主張を支持した最初の主要な西側の首都となった。それはラバトを喜ばせ、当時アメリカにほとんど犠牲を強いることはなかった。トランプ氏の名を冠した高速道路は、その領収書である。

領収書が示していないのは、帳簿のもう一方の側だ。ポリサリオ戦線とサハラ・アラブ民主共和国は、今も西サハラを占領地と呼んでいる。ポリサリオを支援するアルジェリアは、2021年にモロッコとの外交関係を断絶した。国連の立場は変わっていない。承認は紛争を解決したのではなく、ワシントンを紛争の一方の側に立たせたのである。

トランプ氏は今週、国王が即位してから27年を迎えるのを記念して国王に宛てたメッセージで、モロッコの立場への支持を改めて表明した。そのメッセージと高速道路は、同じやり取りの二つの半分である。国王はアメリカの約束を生き続けさせ、大統領は自らの名をモロッコ領に残し続ける。この道路が、その名の由来となった人物をティズニットからダフラまで運ぶ日が来るかどうかは、また別の問題だ。この行為の要点は、決してドライブではなかった。

雅子 訳

出典

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